任意整理の落とし穴

借金を抱えたお客様の中には、「破産だけは絶対に避けたい」と任意整理を強く希望する方が一定数いらっしゃいます。

もちろん、債務整理にあたって最初に検討すべきは任意整理で、それが難しいと判断された場合に自己破産や個人再生を考えていくのが通常です。
しかし、これはあくまで破産や個人再生が借金を自力で返済できない人のための手続であるという法律上の考え方にすぎず、必ずしも自己破産や個人再生に比べて任意整理が債務整理の手段として優れているわけではありません。それどころか、自己破産等に対する抵抗感から安易に任意整理を選択してしまうと、かえってお客様に不利益が生じる危険があると考えます。

自己破産や個人再生に対する誤解

任意整理と法的整理の違い

自己破産や個人再生は、個々の債権者の意思に関係なく、法律の力を使って債務をゼロないし大幅に減額し得る方法(法的整理)です。これに対し、任意整理とは、裁判所を通さず債権者との個別の話し合いにより債務の減額や分割払いを了承してもらう方法です。

自己破産等を避けようとする理由

自己破産等を避けたいと希望されるお客様の中には、法的整理に対して以下のようなイメージを抱いている方が少なくないように思います。

  • ①裁判所を利用したら周囲に借金のことが知られてしまうのではないか?
  • ②自己破産等をすると今まで通りの生活ができなくなるのでは?
  • ③自己破産等をすると家族に迷惑を掛けるのではないか?
  • ④自己破産や個人再生は弁護士費用が高いのでは?

しかし、上記①~④はいずれも正確ではありません

自己破産等が第三者に知られることは少ない

自己破産等が開始されると、官報という機関紙に債務者の情報が掲載されます。しかし、一般の人が官報をチェックしていることは非常に珍しく、周囲に破産等が発覚する可能性は低いといえます。また、破産等の事実が住民票や戸籍に載ることもありません
確かに、自己破産等が周囲に知られない保証はありませんが、前述した官報を除けば、それは任意整理であっても基本的には同様です。

生活面での支障も限定的

お客様の中には、「破産すると車や財産を取り上げられてしまうのでは…」と心配されている方も少なくありません。しかし、破産の場合でも、生活に必要な資産(現預金、自動車、保険など)については原則99万円まで保有することが可能です。

お仕事についても、一部の例外を除き、これまでどおり続けていくことが可能です(破産を原因とする解雇はいわゆる不当解雇として無効になる可能性が高いと考えられます)。

加えて、破産により選挙権を失うこともありません。

ただし、破産手続等が係属している期間中は、転居等について許可が必要となるほか、管財人が選任される案件ではご本人宛の郵便物が全て管財人の管理下に置かれ、調査のため開封されることになります(調査が終われば、郵便物を返してもらうことができます)。
また、自己破産等を行えばいわゆるブラックリストに載るため、今後一定期間にわたり新たな借入れが困難となりますが、これは任意整理を選択した場合であっても同じことです。

このように、法的整理に伴う制約は限定的であり、自己破産等を選択した多くの方は基本的にこれまでどおりの社会生活を送ることができています

法的整理でご家族に迷惑が掛かるケースは少ない

自己破産をしても、保証人等になっていない限り、ご家族に請求が行くことはありません
また、前述したように、破産等の事実が周囲に発覚する可能性は高くないため、ご家族が肩身の狭い思いをすることも現実には起こりにくいといえます。

さらに、住宅資金特別条項付き個人再生を利用できれば、ご自宅を維持しながら法的整理を行うことも可能です。

したがって、通常、お客様が法的整理を選択したことでご家族に与える実害は殆どないと言っても過言ではありません。

それどころか、少なくとも借入元本の返済を原則とする任意整理と違い、自己破産等は一度手続きを行えば、その後の返済が不要または大幅に軽減されます。つまり、向こう数年間借金返済に回るはずだったお金をご家族や自身の再建のために使うことができるのです。

弊所としても、必要な生活水準を維持しながら返済資金を捻出できる方について、強引に法的整理を勧めるものではありません。しかし、任意整理を選択する際には、ご自身の収入から返済資金を除いた金額(=現実の生活資金)を十分に想定しておく必要があります。

任意整理が安価であるとは限らない

弊所の感覚として、一般の個人(給与所得者、学生、主婦、年金生活者等)の自己破産等に必要な費用は概ね30〜50万円程度です。この費用については、債権者の数や負債総額が余程の規模でない限り、どの案件でも基本的には変わりません。

一方、任意整理においては、次のように、債権者一社ごとに着手金・成功報酬が発生することが多いように思われます。

着手金:3〜5万円
報酬金:2万円+借金減額分の10%

こうした料金体系は、債権者が少数の案件では弁護士費用を低額に抑えることができますが、実際のところ、多重債務に陥っている方は複数の業者から借入れをしていることが少なくありません。

たとえば、5社から借入れをしている方が上記料金のもと任意整理を行った場合、

着手金:3〜5万円×5社=15〜25万円
報酬金:2万円×5社=10万円

弁護士費用合計:25〜35万円

という結果になり、自己破産等を依頼した場合と大きな差はありません。

しかも、任意整理の場合、上記費用に加えて借金の返済が必要となるため、純粋な数字だけで言えば、自己破産等の方が圧倒的にお客様への経済的負担が少ないのです。

任意整理のリスク

任意整理は自己破産等と比べると“ソフト”で“取っ付きやすい”イメージがあります。
しかし、任意整理には返済に躓くと全てが水の泡になるというリスクが伴います。

以下、具体的なケース(事例は架空のもの)を例に説明します。

《Aさんの事例》
・借入元本:330万円(債権者5社)
・年収:300万円

上記事情のもと、Aさんが任意整理(返済期間5年)を選択したとします。

その結果、

・返済額:約6万円/月(振込手数料込み)
・弁護士費用:25万円(前述)

という内容で、債権者と和解が成立しました。

最初のうちは順調に返済できていたAさんでしたが、

社会情勢の変化で勤務先の業績が悪化したことでAさんの収入が激減し、決められた返済が不可能になりました。
そして、和解成立から2年後、各債権者から訴訟提起されるに至り、困ったAさんは弁護士に依頼して自己破産を申し立てました。

Aさんとしては、自己破産により免責を得られれば、最終的に借金を免れることはできます。

しかし、もしAさんが当初の時点で自己破産が可能な状態にあったとしたら、どうでしょうか?

任意整理が頓挫した結果、Aさんは、

・2年間の返済資金:6万円×24ヶ月=144万円
・任意整理の弁護士費用:25万円
・自己破産の弁護士費用:30万円

合計199万円2年間という時間を借金の清算に要することとなりました。

一方、仮にAさんが当初から自己破産を選択していた場合、発生する費用は上記のうち破産に関する弁護士費用等のみです。加えて、弁護士の介入により返済が止まるため、家計の建直し次第では上記返済資金144万円に近い金額を貯金できていた可能性もあります。

もちろん、任意整理の際にはお客様の収支を計算して和解を行うため、途中で頓挫するケースは必ずしも多くはないと思います。
しかし、3〜5年という長いスパンで返済を行う以上、予想外の事態に備え、十分に余裕を持たせた返済計画を作成しておかなければなりません。

現状の収支において返済がギリギリだと感じた場合、無理に任意整理にこだわるのではなく、自己破産や個人再生という選択肢を持っていただけたら幸いです。

任意整理に向いているお客様

任意整理か法的整理かの判断はケースバイケースであり、弁護士であっても実際にご相談をお受けしなければ正確な方針決定はできません。
ご参考までに、任意整理をお勧めできる案件について一例を挙げさせていただきます。

  • 負債総額が100万円以下である
  • 借入元本を36回払いで返済できる程度の安定した収入がある
  • 持ち家があるものの住宅資金特別条項付き個人再生が利用できない
  • 年齢が若く、健康状態が良好
  • 破産による資格制限に該当し、かつ個人再生のメリットが少ない
  • 債権者数が少ない
  • 保証人付きの債務や自動車ローンなど、特定の債権者について返済を継続したい

弁護士費用